涅槃まで百万歩

中華とラーメンと酒の日々

上野桜木 旧吉田酒店

前日に引き続き、またまた上野の散歩コースからのお話で恐縮ですが、おつきあい頂ければ幸いです。

本日のコースは『上野恩賜公園』から出発しまして、噴水を横目に『国立博物館』前の通りを左折、『東京芸術大学』前を通過しさらに直進しようとすると、道が急に細くなります。角に『菓子 桃林堂』という古風な和菓子屋さんが目印、その細道を抜けると言問通りに出ます。

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通りに面した角に、木造二階建ての古い立派な家屋が聳え立っています。

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こちらが『旧吉田酒店』。『下町風俗資料館』の付設展示場となります。建物内に入ると、まだ営業していた当時の様子が窺えて、懐かしく感じる方も多いと思います。実際に使っていたものが中心に、展示・配置されているようです。

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なぜこんな有名スポットのお話なのかといいますと、この付近の街歩きにはとても便利な季刊誌や地図などが「ご自由にお持ちください」と書かれて置いてありますので、立ち寄った際にはお持ちになることをおすすめします。地図には周辺の観光スポットなどが落とし込まれていて、持ち歩きにもさほどかさばりません。英語で作成されたガイドもあるようです。

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これらを手にしましたら、再び散策を続けましょう。『旧吉田酒店』から、さらに三崎坂通りを根津方面に向かいますと、途中、道が緩く大きく湾曲します。そこから少し歩いた左手に、三角州の形に囲まれたちょっとした箱庭風のオブジェ? が目に止まります。小さな石碑に木製の立て札、和風な趣に植物が配されています。

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その立て札に筆文字で記された文章を読んでみると、こちらが先ほどの『旧吉田酒店』の跡地だったのですね。まったく知りませんでした。この場所から、今の上野桜木に移築されたそうです。さらに旧町名は「谷中茶屋町三番地」、とても風情があっていい町名だったのに、昭和四十二年の元旦にこの町名は変えられてしまったようです。

なんというか、こういうお話を読みますと、寂しい気持ちになります。前に僕の住んでいたあたりも、昔は『浅草栄久町』という町名だったそうですが、昭和の初期には『菊屋橋一丁目』、昭和四十年前後には現在の『寿二丁目』に。田原町から南の広い区域が寿一~四丁目と地番が表記されていますが、なんか味気ない感じがします。

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『栄久町』の名残りは、今や、初夏に行なわれる『鳥越祭』の町会の区分けで名前を聞くぐらいです(写真は『鳥越祭』の本社神輿です)。もうひとつは『蔵前四丁目』にある老舗の和菓子屋さん、『栄久堂』の屋号があえて該当しますか。おそらくは平成になってからもこういう地番の統一が至るところで行なわれ続けているのでしょうね。

●昨日歩いた歩数……一万四千八百三十八歩。少し気を抜いてしまいました。